BLUEIII ベイビーブログ
ロックバンドBLUEIII(ブルー・スリー)のBBS兼日記 ※悪意・誹謗中傷目的のコメントは、削除する場合がありますので、ご了承下さい。
北関東三十六不動尊巡り 結願!
昨年7月に日本一の毘沙門天がいるという茨城県の一乗院というお寺に参拝に行ったのですよ。

期待以上の毘沙門天さまの姿にも感動しましたが、ここで偶然「北関東三十六不動尊巡りのことを知り、納経帳まで売っていたので「北関東くらいだったらまわれるかな?」と軽い気持ちではじめてみようと思ったのです。

それに不動尊系のお寺はどこも楽しくて、まるでお寺のアミューズメント施設のようだからまわっていてとても楽しいのです。
ちなみに不動尊というのは簡単に説明すれば不動明王を祀ってあるお寺のことを言います。

同時に東北三十六不動尊巡りもしているので、前よりは少しは知識がつきました。

参拝の仕方は四国八十八カ所巡りのときととほぼ同じでよいので、すぐに始めました。

はじめは栃木や茨城の比較的福島から行きやすいお寺からまわりました。
流石に群馬方面は遠いので意を決して泊りがけで行くことにしましたが、その群馬の旅も素晴らしいものでした。

それまで群馬なんてまともに行ったこともなかったですし、本当に楽しかったです。
途中からやっと一番の札所である水上寺に行けたのも感慨深かった。
あの後、あの付近は大雪に見舞われて大変だったとニュースで知りましたね。

群馬ではついでに、有名な神社や世界遺産にもなっている富岡製糸場にも行きました。
そのほか、札所になっていないお寺も何か所かまわったりもして、とても充実した旅となりましたね。

最後はいよいよ茨城方面の遠いお寺!
こちらも泊りがけで頑張りましたが、最後の結願のお寺、三十六番札所の不動院というお寺では本当にせつなくなりましたね。
これで旅が終わってしまうんだ!って・・・。

この場所から離れるのが名残惜しいのと、お経を読んでいる間、今までまわってきたお寺の数々が走馬灯のように頭の中をぐるぐるとまわりました。
親切にお茶を入れてくれた奥様や、いろんなお話をしてくれたご住職、そして各お寺で待っていてくれるいろんな顔をしたお不動さま。

結願のお寺はたいてい立派なおお寺が多いですが、この不動院もとても大きく成田山新勝寺を少し思わせるお寺です。
ほんと、いつまでも本堂や仁王様を観ながら感慨にふけりました。

よく四国八十八カ所を回り終えたのに、すぐにまたまわりたくなることをお遍路バカとかいうそうです。
まわっているときはつらいのに、いざ回り終えるとまたまわりたくなる・・・

今回だって、八十八カ所に比べれば少ないですが、三十六カ所もまわっている。
それなのに、いざ終わると、本当に物足りなくなるというか・・・。

まさに遍路ロスです。

そういうわけで、北関東三十六不動尊巡り!
無事、結願いたしました!!

もし、今、悩みがあったり、怒っていたり、人生がうまくいかなかったりしている人がいたら、札所巡りをおススメいたします。

今、流行りの神社の御朱印巡りもいいですが、お寺で静かにお経を読んだりお線香をたいたりするのも、よいですよ!!
きっと、なにかが見えるはず・・・!?

ありがとう!!ミツさん!
本日、かなり切ない出来事がありました。

通っているスポーツクラブ ジムで大変お世話になっていたインストラクターのミツさんが今日で終わりだったからです。

思い起こせば、今のジムに通うようになって3年・・・
はじめは手術と病気で弱っていた身体を鍛え直す為に通い始めたジムです。

病気前までは自己流で身体は鍛えていたものの、本格的にジムに通うのは初めてでした。
どこのジムに行こうかと、市内にあるジムを片っ端から訪問し説明を受けましたが、どこも今一つピンとこなくて・・・。

最後に訪問したのがこちらのジムで、ここが一番対応がよく、説明も親切で本当にわかりやすかったのです。

確かこの時に対応してくれたのが当のミツさんで、他のジムにはない親しみやすさと、ふっと人の心に入ってくる笑顔がとても印象的であまり悩まずにすぐここに決めたのでした。

いざ、通うようになってからも、こちらは人見知りな性格な上に緊張していましたが、一番最初に声をかけてくれたのがまたミツさんでした。
とにかく人間的な器の大きさと言うか、どんな人でも心地よい気持ちにさせてくれる魅力を持った人がミツさんなのです。

ミツさんと親しくなってからは他の方とも仲良くしていただいたりして、オレのジムライフは充実したものとなっていきました。
全てミツさんのおかげです。
とにかく、あの頃、世間への唯一の接点、つながりと言えばジムしかありませんでしたので、ここにさえ来れば自分らしくいられるというか、自分にとっては貴重なコミュニケーションツールであったことも間違いないです。
これも、ミツさんが声をかけてくれなかったらどうなっていたか・・・?

ミツさんはいつでも、気さくで優しくて、どんな話題にも即座に対応できる柔軟性もあって本当に人間的に素晴らしい人です。
その上、美人で頭もよく、聡明で、まわりにいるみなさんももみんなミツさんが好きでした。

ミツさんとはよく、映画の話で盛り上がりましたが、ほんと、オレが知らないような素敵な作品をたくさん紹介してくれたりしてすごく楽しかったです。
それと、オレがお寺巡りにハマると、ミツさんも一番最初に反応してくれたりして、オレより先に山形の山寺へ行ったり、行動力も抜群で頼もしかっです。

顔を合わせれば話題に事欠かないほど、すごく仲良くしていただいて、お店の人とお客さんの枠を超えて、本当の友達になったと自分では勝手に思っています。

今日わかったことですが、ミツさんもオレが通い始めたころ、こちらのジムで勤務を始めたそう・・・
すごく場に溶け込んでいたので、てっきりベテランさんかと思っていました(笑)
だから、ミツさんにとってもオレは印象的だったそうです。
この言葉を聞いて、なんだかとてもうれしかったですね。

これから、また元住んでいたところに戻るそうですが、どこへ行ってもミさんはいろんな人に好かれ、たのしくやっていくんでしょうね。

流石にオレも今日はかなりセンチになってしまい、最後にお顔を見たあと、階段で少し涙ぐんでしまいました。

しかし、少し頑張ればそれほどは遠くへ行くわけでもないので、BLUEIIIが完全復活でもしたときにでもツアーでお近くへ行ったら絶対お誘いしようかと思います。

ありがとう、ありがとうミツさん!!

ミツさんの笑顔は絶対忘れません!!


これからもお元気で!!


グッバイ マイ フレンド(^^♪



あけましておめでとうございます!
みなさん、あけましておめでとうございます!

病気療養に入ってから早数年・・・
昨年、一昨年と無事、暫定的ながら復活ライブも出来、今年もすごくよい感じでスタートしたいなと思っております。

バンドとしての本格的な活動は更にもう少しかかるとは思いますが、イワタ・リーさん、スノウさん、そして私という鉄壁の布陣でまたいつか強力なパフォーマンスができたらなと感じております。

それと、せっかくこの最強メンバーがいるというのに、まだちゃんとレコーディングした音源は3曲しかないのです。
そのうち1曲はギターウルフのビリーさんのトリビュートアルバム、そしてもう1曲はチャリティー配信と言う形で・・・
更にもう1曲は未発表という感じなのですが、どれも自信作ばかりで、この3曲に新しい曲を追加してのCDが出せたらなと思っています。

とにかく歴代ドラマーの中で、イワタさんのグルーヴとオレのギターの相性はばっちりで、そこにスノウさんのシンセベースが加わると異次元の音楽、BLUEIIIワールドが出来るのです。
これは昨年亡くなった友達のテクマ!の助言があったからにも他なりません。
そう・・・
BLUEIIIのピンチを救ってくれたのはテクマ!さんだったのです。
だから、なんとしてもテクマ!さんの分まで頑張らなければならない。
それが彼への恩返しでしょう。
今、気合い入れて新曲も作っていますが、今の三人でアルバムを作るのが夢でもあり、目標ですね!!

そして!

バンドと言うより個人的2018年の目標!


未来を願わない!
過去を振り返らない!

今、やれることを一生懸命やる!

三毒を捨てるように努力する!!

たおやかに・・・


頑張らないように、頑張ります!!!

とにかく止まっていた時間が今年はまた動きだします!!

みなさん、どうぞ今年も4649!

ローリング・ストーンズ/ブルー&ロンサム
昨年暮れに発表され、いきなりその内容に度肝を抜かれた感のあるローリング・ストーンズのアルバム「ブルー&ロンサム」

全曲ブルースのカバーアルバムってことで、もともとブルースクラシックは現在でもレパートリーに入れているストーンズだけに、何をいまさら・・・と、いうか何を今頃?って感もありあり。
ファーストアルバムとか初期はそれこそ全曲カバーで、まあ、オリジナルがなかったからってのがあったと思うから。

しかし中身を聴いてほんとにびっくり!!
これね、ぶっちゃけ言うとストーンズらしさが全く感じられない!
だって、これ、カバーアルバムじゃなくて、完コピアルバムだもん(笑)
なんでも、新曲作ろうと思ってスタジオ集まって、とりあえずウォーミングアップにブルースを合わせてみたら、「これ、そのまま出さね?」ってなったらしい・・・

音の方も、まあストーンズのことだから、ブルースカバーといえど、いつもの大げさできらびやかなサウンドプロダクションになるだろうな?とは思っていた。
ところが、飛び出して来た音はまるでデモか?というくらいササクレだった粗雑なサウンド!
一瞬モノラルかと思っちゃったくらい!
てか、昔のオリジナル音源かと思ったもん!

だって選曲も渋いんですよ。
いきなり
1曲めにリトル・ウォルターですよ!!
いや、全体的にもリトル・ウォルター多し!

絶対マディ・ウォーターとか王道入れてくるかと思っていた。
いや、リトル・ウォルターも王道なんだけど、あくまでハーモニカですからね、リトル・ウォルターは!
ひょんなことから、ストーンズの意外なルーツが知れたというか・・・

オレもね、リトル・ウォルターには思い入れあるんですよ。
オレがブルースを聴き始めたのが22くらいの時なんだけど、時は80年代・・・
世の中、洋楽と言えばイギリスのニューウェーヴブームも終わりに差し掛かり、マイケル・ジャクソンとかマドンナとか、あとエアロとかね。
LAメタルとか。きらびやかな衣装でMTVをにぎわしていた時代だった。
この時期、そういうのをひとどおりは聴いていつつも、何か本物lっぽくないな~とか、もっとルーツを知りたいなとかで、ブルースは聴き始めたのかな。

いや、既に中学の時からレッドツェッペリンは聴いていたから、ブルースの免疫はできていたんだ。
それから20歳くらいの時にはテン・イヤーズ・アフターとかロリー・ギャラガーとかにハマっていたから、普通の音楽リスナーあるいはプレイヤーなんかよりはずっとマセていたというか、それなりにマニアだったよ。

で、22くらいの時にまーちゃんというヤツと友達になってね。
群馬出身のイカしたヤツで、ファッションからしてモッズコートなんて着ててカッコイイんだ。
革ジャンしか知らないオレとは違う!
弟のよっちゃんもカッコよくて、よっちゃんはオレのパンクの先生!

で、まーちゃんはオレのブルースの師匠だね。
「ベイビーはなに聴いてんの?」って言うからちょうどウオークマンで聴いていたツェッペリンを聞かせてあげたら、「これ、シカゴブルースじゃん」とか、聴いてすぐわかるんだ!
いや、すげえなって思ったよ。

そのあと、すぐまーちゃんが貸してくれたのがリトル・ウォルターとマディ・ウォーターズのレコードだったよ。
オレはそれをテープに録って何回も繰り返して聴いたもんだった。

はじめはやっぱりさ、ツェッペリンなんかにl比べると、音はしょぼいし、迫力はないんだけど、何回も何回も聞くうちに虜になっていくんだ。
それに、まーちゃんがブルースのよさ、すばらしさをを熱く語ってくれたもんだから、そんなに素晴らしいもんだったら聞かなきゃ損だなと思ってね。
この頃、マジック・サムとかさ、ハウリンウルフなんかも自分でいろいろレコード探して聞くようになったよ。

だから、今回のこのストーンズのアルバムには心底しびれたし、またブルースを聴きたくなるきっかけも作ってくれた。

ブルースと言えば、オレ、前に仙台の小さなクラブで若いバンドマンと一緒にブルースのジャムセッションしたことがあるんだよ。
かなりテクもあった人たちだったけど、ドラムのヤツがいわゆるブルースの約束ごとを全然わかってなくて、勝手にぶったたき続けるだけで、いつになっても終わらないの・・・

それにブルースってさ、たった3コードだけかもしれないけど、そこの込めるパッションとかさ、静と動の緊張感とかさ、いわゆる音楽、てかロックのエッセンスがすべて詰まっている訳だよ。

だから、オレ、いろんなバンド観る機会があるけど、やっぱ根元にブルースがあるバンドは信じられるね。
もちろん、現代においてはロックも多種多様になり、いろいろな形で素敵な音を聞かせてくれるバンドがたくさんいるのも確かなんだけど、オレの場合は古い人間なもんで、そういうとこだけはこだわりあるかな。

別に勉強しろとまでは言わないけれど、いろんなルーツを探る行為って、絶対自分の音楽に活かせると思うし、音楽により深み増してくると思うよ。

まあ、こんなこと言い始めると、年寄り臭くなったかなとも思うんだけど、ロック最高齢で未だにぶっ飛ばしてるストーンズがブルースやってるってことは、なにかを感じなくてはいけないと思うし、ブルースを聴くのはロックやる者の義務だ!と言いきってしまおう!

ブルー&ロンサム!
最高です!


オランサまつり
先月の22日に昨年、介護の学校へ通っているときに実習でお世話になりました「あすなろ荘」のオランサまつりに行きました。

こちらの「あすなろ荘」は重度の知的障碍者の施設で、オレもまさか自分が住む街にこのような施設があるとは知りませんでしたが、職員さんたちをはじめ、働いていらっしゃる方たちの意識がとても高く、とても感心させられました。

そして、利用者さんたちも、生き生きとこの施設で過ごされていて、たった3週間の実習とはいえ、とても楽しく学ばせていただきました。

実習期間中、ある利用者さんがやたらと「オランサまつり、オランサまつり」と騒いでいたので、なんだろう?と思っていたのが毎年、こちらの「あすなろ荘」で開催されるお祭りのことだったのですね。

オレは昨年も参加しましたが、こちらの「あすなろ荘」のみなさんや地域の人たちが一緒に作り上げる手作り感あふれる素晴らしいイベントなのです。

今回も近くにある幼稚園の発表会をはじめ、さまざまな趣向をこらした催し物が披露され、利用者さんはもちろん、地域の方々もとても楽しんでおられました。

特にオレが見ていて、ほほえましくなるのが、いつもは離れて暮らしている利用者さんの親御さんたちと利用者さんが一緒にお祭りを楽しむところを観られることです。
本当、この姿を見ているだけで、思わす涙ぐんでしまうというか・・・
みなさん、すごく楽しそうなんですよ。

やっぱり親子なんだなあ~と、感慨深くなってしまいます。

利用者さんたちも、幼稚園の子供たちが歌うリズムに合わせて手をたたいたり、声を出したりと、いつもの生活では見せない顔をしてくれます。

重度の知的障害者と言うと、実際に会ったりすることはあまりないと思いますし、まだまだ世の中では理解が足りないと思います。

しかし、利用者さんたち一人一人の顔を見ていると、本当に健常者なんかより、ずっとずっと人間らしい。
接しているだけで、元気をいただけるのです。

昨年だか、神奈川の施設で利用者さんを元職員をしていた若い男性に殺害されるという凄惨な事件が起きました。
彼の主張いわく、「必要ないから」という偏りまくった身勝手な理由からでした。
彼はこの仕事をしていて、何を学んだのでしょうか?

重度の知的障害を持っているとはいえ、みなさん、ちゃんと自分の意志があります。
嫌なことは嫌だと主張するし、楽しいときはくったくのない笑顔で笑う。
そして、毎日を懸命に生きています。

全く、私たちと変わりません。

そしてみんな家族がいる。
職員さんたちも一緒に歩いている。

あんな事件が二度と起こらないことを祈ります。

そして、今回はいろいろとサプライズがありました。

流石に1年も前・・・しかも、たったの3週間だけお世話になっただけなので、みんなオレのことなんか忘れているだろうな?と思っていたのですが、職員さんたち、みなさん全員が憶えていてくれたのですよ!!
しかも、あるお若い職員さんからは「佐々木さん、オレ、結婚したのですよ!」なんて、結婚報告まで!!
これには本当にうれしかったなあ。

実はある日、たまたま本屋さんで立ち読みしていたときに、「あすなろ荘」の職員の方に声を掛けられて、思わずうれしくて握手してしまったのです。
このときに、今回のオランサまつりに誘われたのですね。

そして、最大のサプライズがなんと二人の利用者さんに「佐々木さん~」と声を掛けられたのですよ!
これには本当にびっくりしました。
オレなんか、利用者のみなさんの顔が見れただけでも十分だったのに・・・。

この日は残念ながら、天気が悪く大雨だったのですが、本当に心があたたかくなった素敵な一日でした。

みなさん、本当にありがとうございました。そして、お疲れさまでした。

これからも頑張ってください。


1988年のデフレパード
今から30年近く前の話し・・・

1988年の5月。
オレはその当時一緒にバンドやっていた友達のフクヤマくん、通称コージーフクヤマと一緒に東京は国立代々木競技場にいた。
ハードロックバンドのデフレパードってバンドのコンサートを観る為だ。

デフレパードは高校の時から知っていて、高校時代のあの頃ちょうどデフレパードは出世作の「パイロメ二ア」・・・邦題「炎のターゲット」ってアルバムを出していたからよく聴いていたんだ。
デフレパードはこのアルバムを境に一流のロックバンドとして世界に認知されるようになってきたけど、同じ時期活躍していたバンドでは、それまではやっぱりレインボーやMSG、ホワイトスネイクなんかの方が上で、若いバンドであったデフレパードはまだまだ格下って感じがあったと思う。

時代的に、その前のディープパープルやレッドツェッペリン、ブラックサバスなんかは既に大御所で、しかもサバス以外は解散はしていたけど、本物志向のリスナーたちはやはりこのへんの大御所バンドは最初にまず普通に押さえていたね。

日本ではその後に出てきた同じパープルファミリーであったレインボーやホワイトスネイクなんかも根強い人気があったけど、海外では既にパンクムーブメントが起こり、その後ニューウェーヴの流れが押し寄せている時期でもあった。

ハードロックもヘビーメタルと名前を変え、このデフレパードはそんなニューウェーヴに対抗するかのようにNWOBHMの流れから出てきたバンドだった。
それまでのパープルやZEPみたいなハードロックよりもよりもよりスピーディーかつパンキッシュで、同じ時期にアイアンメイデンも出てきた。

そのNWOBHMの中でもデフレパードはそんなジャンル的な枠からも飛び出した最初の優れたロックバンドだったと思う。
初期の時期こそAC/DCに影響を受けたリフ中心のメタル/ハードロックだったけど、「炎のターゲット」でその方向性をやりつくし、次のステップとして出されたのが普遍的名作である「ヒステリア」というアルバムだった。

この「ヒステリア」はメタルというより、素晴らしいロックの名盤で、最初に聴いたときこそ、「あれ?地味だなあ~」となるんだけど、何度も聴きこんでいるうちに、心に染みる名曲の数々に驚かされるのだった。

「ヒステリア」はオレが高校を卒業し、東京で生活し始めたあたりに出たアルバムでもあった。
世はMTV全盛で、アメリカからもLAメタルなんて流れもあり、同時に70年代に活躍したエアロスミスやキッスなんかの再ブレイクもあり、まさにデフレパードも時流に乗っていたときだった。

しかし、ブレイク直前、ドラマーであるリック・アレンが事故で片手を失うなどのアクシデントが続出・・・
難産の末、生み出されたのがこの「ヒステリア」でもある。


話を最初に戻すと、オレはこの時期、それほどのデフレパードファンではなった。
と、言うより、このメタルムーブメント自体にどこか嫌悪感を持っていたのかもしれない。
まあ、リアルタイムではデフレパードやアイアンメイデン、同時期のLAメタル、ガンズとかエアロなんかはオレよりちょい下の世代が聴いていたもんだったしね。
それかオレが早熟すぎたのかもしれないけど・・・。

それとデフレパードがブレイクした時代って、世の中はいわゆるバブル期に突入し始め、バンドもゴージャスにヘアスプレーで頭を大きくしたり、きらびやかなファッションでMTVとかに登場していたんだ。
しかし、音の方はどのバンドも薄っぺらでオリジナリティーに欠け、70年代のバンドにあったような重みや本物さが感じられなかった。

オレはもっともっと本物の音楽を・・・!って感じで70年代からも更にさかのぼり、遂には昔のブルースやジャズなんかを探して聴いていた気がする・・・。そのあとはハードコアとかジャンクシーンにものめりこむんだけど・・・。

だから、そのブレイク作「ヒステリア」を引っ提げて来日公演を行うデフレパードのことなんか、あんまり興味がなかった。
いや、アルバムはね、さすがにいいなって思ってたけどね。
オレも、そこまでへそ曲がりじゃなかったし(笑)

そんな時に、当時のバンドメンバーだったドラムのフクヤマくんに「デフレパード、一緒に行かないか?」と言われたときはびっくりしたもんだった。

あの頃、オレは鍵もかからないような四畳半一間のぼろアパートに住み、飯代もけちって楽器やレコードを買っていたような貧乏バンドマン。

それはフクヤマくんも同じだった。

とにかく金がなく、それでも必死にバイトしてライヴのノルマ代を稼いでライヴを行っていたんだよ。

そんなお互いに金もないのに、フクヤマくんは「オレがおごるから」と言うんだ!!

これにはオレもちょっとびっくりして「じゃ、行こか!」と・・・。

忘れもしない1988年の春。

代々木まで二人で電車で行ったんだ。

いよいよ会場に着き、わくわくのビンボーバンドマン二人・・・

何度かは外タレのコンサート経験があるオレ。
代々木競技場に着くと、「オレの方がわかってるから!」とばかりに会場の2階席にすたすたと歩き始めた。

するとフクヤマくんが後を着けて来ないんだ。
「ったく、なにやってんだよっ!」とオレのイライラする心の声。

「そっちはアリーナだよ。そっちじゃないよ!!」

オレはフクヤマくんの手を引っ張ろうとした。

そしてらフクヤマくん、「いや、こっちでいいんだ」と言う。

「だから、そっちはアリーナ席だって!高い席だから違うの!!」とオレ。

「いや、アリーナ席だよ。アリーナ席で間違いない!」

フクヤマくんが持ってたチケットを見てみるとなんと「アリーナ  S  56列 53番」と書いてあるじゃないか!

あいつ金もないのに奮発してオレにアリーナS席のチケットをおごってくれたんだよ!!

これにはオレもびっくりというか、感動というか、申し訳ない気持ちというかさ・・・。



その後、二人で見たデフレパード。

よかった。
本当に!!

片腕を失ったドラムのリック・アレンも、片手でもたたける特注のドラムセットで全く問題なく、感動させてくれた。
フロント二人のリードギターもカッコよかった。
オレ、そういえばギターのフィル・コリンが好きだったの。
で、彼にあこがれて3ハンバッカーのピックアップだついたデストロイヤーモデルまで上京した時に買っちゃてね。

それと、今は亡きスティーヴ・クラークがめっちゃカッコよくて。
レスポールをジミー・ペイジみたいにすごく低く構えていて、あれは未だにオレ、影響受けてかも。

アンコールでは酒飲みながらロックンロールとかブルースを演奏してさ。
このへんがやっぱり若くても誇り高きブリティシュバンドなんだなあ~なんて思ったりして。

オレは曲の中でもアルバムタイトル曲でもある「ヒステリア」が好きでね。
ちょっとポリスの「見つめていたい」によく似た雰囲気のバラードでさ。

コンサートの後、オレのアパートで感想会でもやろうかと荻窪駅まで二人で帰ったんだけど、駅降りたらいきなり土砂降りの雨が降り出してさ。
ダッシュでアパートまで走ったんだけど、せっかく買ったパンフレットまでぐしゃぐしゃになっちゃって・・・(笑)

忘れないなあ。

今年2017年はそんなデフレパードのアルバム「ヒステリア」の30周年なんだってね。
いろいろリイシューされたCDなんかも出てるみたいだけど、やっぱり今でもこのアルバムを聴くと1988年のあの春の大雨を思い出すんだ。

金もないのにチケットおごってくれたフクヤマくんの優しい心。
きらきらしたデフレパードのコンサート。
そして帰りの土砂降りの雨。

すべてがオレの中に。



そして今でもオレはデフレパードを聴いている。


川崎大師と東京プチ旅行
先日、ブルース・リーイヴェントの日、最近、お知り合いになった友達のみぃさんにもお会いしました!

みぃさんは現在、シンガー志望で、同じ音楽仲間として力になれないか?とミーティングをしたのです。
みぃさんは女優さんもしていたので、やっぱり音楽とか関係なしに、ふっと会った瞬間、やっぱりタレント性というか、自分を表現することをちゃんと理解している人なので、スターのオーラは半端ないです。
目力もすごいし!!!

しかし、今回は完全にプライヴェートだったからか、前にお会いしたときより親しみやすかった。
びしっとドレスアップして決めまくってくるのかなあ~?緊張するなあ~・・・の予想と違って、カジュアルで質素な感じで現れました。
眼鏡もかけてたし(笑)

で、話し始めるとめっちゃ面白い!!
てか、昔からの友達のようにすら思えてくるから不思議です。
そのにじみ出る人柄のよさは音楽の面でも必ず役に立ってくるでしょう。

しかも、音楽のことも半端なくめっちゃ詳しくて、ああ、この人は本当に音楽が好きなんだなあ~と思いました。
今回は自己紹介から、病気の話とかがメインで、お互いをまず知るって感じのミーティングになりましたが、これからは音楽の方でガンガン突き進んでほしいです!!
本当にこれからが楽しみな方です!!

さて、そんなみぃさんに薦められたのが、平間寺。
通称 川崎大師!!
今回もせっかく東京に来たからと、オレはお寺巡りをする予定ではいましたし、一応候補はありましたが、みぃさんの一言で予定変更!!

結果、大成功でした!!
ちょっと雰囲気がこないだ行った高幡不動尊と似ていましたが、それもそのはず!
やはり、大師と名がつくとおり、弘法大使さまのお寺・・・真言宗のお寺でした。

真言宗だったら、四国八十八カ所と同じ参拝マナーでもあるし、今、まわっている坂東三十三観音や福島八十八カ所と同じなので、オレにとっても好都合です。

で、こちらもなにか札所になっているのでは?と思いましたが、こちらは関東八十八カ所と、関東三十六不動尊の札所でした。
ああ、ここもまわってみたいと思いましたが、ちょっと福島からは遠いので、行けるお寺が少ないなと思いました。
それでも、不動尊の方の納経帳は買いましたが(笑)

で、川崎大師!

ちょうど、風鈴市が開催されていて、お坊さんたちが境内に集まり、開催の儀みたいなのをしていましたね。
こういうの見たことないから、ラッキーです!
よく聞くと、お坊さんが唱えているお経・・・
般若心経です。
オレがいつもお参りの時にお唱えするのと同じ般若心経。

前だったら、お経とか、なにか物凄く難しいことを言ってるんだなあ・・・くらいにしか思いませんでしたが、今はちゃんとわかるのがすごいことです。
やっぱり勉強する、知識を得るっていうのは大事ですね!
こちらはもともと風鈴で有名なお寺らしいのですが、お堂にも風鈴が飾られ、夏の暑さを忘れさせてくれるキラキラした涼しい音色がキレイです。

境内内に特設テントが作られ、全国の風鈴が一斉に音を鳴らすさまも素圧巻でしたが、オレも思わず、一つ、こちらのだるまの形の厄除け風鈴を買ってしまいました。

それと、こちらには五重塔があるのですが、屋根が八角形の形をした珍しいもので、まずこれが目を引きましね。
それに、他に不動堂ほかお参りするところもたくさん!
本当に楽しいお寺でした。
薦めてくれたみぃさんに大感謝です!!

そうそう、みぃさんおススメだったお守りもGETしてきましたよ~!


川崎大師 平間寺を後にし、次は横浜にある坂東三十三観音、十四番のお寺、弘明寺へ・・・

こちらは川崎大師のような派手さはありませんが、重みのある厳かなお寺です。
仁王さまも、関東のお寺だけに物凄くカッコイイ!
般若心経を読経し、御朱印をいただこうとすると、拝観の張り紙が・・・

なんと国宝である十一面観音さまをおがませていただけることに!
まるで笑っていられるかのような柔和なお顔は、永遠に見ていられるんじゃないか?と思えるほど美しい。
全体が黒っぽいのは、こちらで護摩炊き、ご祈祷をしたときの名残でしょうか。

十一面観音のほかにも古そうな仏さまが複数おり、他にはお寺の方が四国や秩父にお遍路に行ったときの写真もあり、思わず全部見入ってしまいました。
こちらには立派な閻魔さまの仏像や、身代わり地蔵などもあり、本当にお参りが好きそうな参拝の方が代わる代わる訪れていました。

とにかく今までライヴ以外では横浜なんて来たことがなかったオレとしては、まるで全く違う場所、空間に来たような驚きでしたね。
横浜にこんな場所があったなんて!
ホント、ライヴハウスとシーパラ、中華街くらいしか知りませんでしたよ(笑)

ちなみにこちらはさっきの川崎大師同様、電車の乗り継ぎが多少、めんどくさく、オレは3回くらい間違えて乗ってしまいました(笑)

さて、夢の東京周辺プチ旅行も終わり、坂東の旅もまだまだ続きます。
昨日も二十二番の佐竹寺に行きましたが、レポはそのうち・・・



7/20 本日ブルース・リーの命日
本日、7/20はブルース・リーの命日です。

ブルース・リーが亡くなってからすでに45年も経つなんて到底信じがたいですが、そういうオレも彼を追いかけ、彼のようになりたいと思いながら生きてきて、もう50歳!

いろいろなことがありました。
しかし、今なおブルース・リーが好きという気持ちは変わらず、年々強くなっている気さえします。

二日ほど前、東京は新宿ピカデリーにて「ドラゴン危機一発」を観てきました。

新宿ピカデリーの9周年記念企画であり、真夏の特別上映会と称し、ブルース・リー映画が4夜連続上映されるのです。
2夜の昨日はなんと「ドラゴン怒りの鉄拳」の1973東和版が38年ぶりに劇場公開ということで、本来ならそっちに行けばいいものを、オレは迷わず「ドラゴン危機一発」です!!

こちらの「ドラゴン危機一発」の方は残念ながら、日本初公開東和版ではなく、復刻版での上映なのですが、それでも「危機一発」が見たかった。
昨年もこの上映会は行われたそうですが、この「危機一発」は一番、客入りも悪く今一つ不人気のようですが、オレにはそれがわからないというか・・・

確かに、ブルース・リー作品としてはブルース・リーのトレードマークともいうべき、怪鳥音もない、ヌンチャクもない、上半身裸になることもほとんどない、ストーリーも地味・・・な作品です。

やはり、ハリウッド産の洗練された「燃えよドラゴン」やリー自身が監督まで務めた超娯楽作である「ドラゴンへの道」に軍配があがるのもいたしかたないと思います。

しかし!!初心者ならともかく、ブルース・リーファンだったら、ブルース・リー作品に甲乙をつけてはならないのですっ!!

まあ、単純にオレが「ドラゴン危機一発」に思い入れがあるってのもあるんだけど(笑)

だっオレがはじめて見たブルース・リー映画だもんね。
オレの場合は「ドラゴン危機一発」の初公開時がはじめてのブルース・リー体験だったのですよ。

で、うちは地方だったからか、なぜかこの初公開の「ドラゴン危機一発」に、既に上映していた「燃えよドラゴン」もくっつけての2本立てでの公開だったのですね~
いい時代だったなあ~

まあ、子どもったせいもあり、ストーリーの雑さとかそんなもん、全然気になりもせず、とにかく衝撃だったのです。
まさに、香港の人たちが、初めてブルース・リー体験したのと同じシチュエーションだった訳ですから!!(燃えよドラゴンまで見れれたけどね)

先だっての「ドラゴンへの道」もそうでしたが、’97年にこの2本は劇場でリバイバル公開されています。
そのときも、オレは電車に乗ってはるばる観にいきました。
あのときは、日本初公開版に限りなく近い英語版でしたが、復刻版とはいえ、今回はあの「だだだどだだん(^^♪」のジョセフ・クーのメインテーマが鳴り響く訳です。


さて、ここからは感想。


今回は会場に友達のがりさんや、NHK[熱中スタジアム」でもご一緒だったエビちゃんさんに、やはり、あのソフィーさんもいられました!
会場にはリアルタイム世代に混ざり、かなりお若い方もいらっしゃっていて、上映後に「ああだこうだ」と感想を言い合っていたのが新鮮でうれしかったです。

まずは今回のイヴェントの立役者であり、小龍記編集長であるちゃうシンイチーさんのスペシャルトーク!!
これは会場に行った人でしか聞けない「ドラゴン危機一発」に関する超激レアトーク!!
さすがにこれはここでは書けませんが、またまた衝撃の新事実発覚で、このトークを聴きに行っただけでも行ったかいがありました。

そして始まりました「ドラゴン危機一発」

今回も大画面で見たからこそわかる発見もたくさん!!

最初にいとこのシュー役のジェームス・テイエンがチンピラと喧嘩するシーン。
よく見ると道にはゴミがたくさん散らばっている。
よく、こんな場所でブルース・リー、映画撮ったなあ~
しかも、見物人がめっさいたのもびっくり!!

ファンの間で知られる、本当はブルース・リーは準主役で主役はジェームス・テイエンだった説もありますが、これはガセらしく、ショウブラザーズの某俳優だったことも最近わかってきています。
ゴールデンハーベストにはテイエン主演作品がいくつかありますが、テイエンは「危機一発」では最後まで生き残ってリーを助けるようなストーリーの方がよかった気もします・・・。

それにしてもテイエンはまだマシとして、本当にトニー・リュウのへっぴり腰殺陣には辟易させられます。
最近の彼のインタビューも、へっぴり腰同様に、かなり盛り過ぎの感もありますが、このへっぴり腰カンフーでよく「電光!飛龍拳」なんて主演作を作ったもんだ、
ブルース・リーで儲けたから、金余ってたのかなゴールデンハーベスト!

やっぱり映画館で観ていると、普段、自宅のテレビで見ているときより、真剣に見てしまうため、本当にいろんなことに気づきますね。

それと、子役時代に何本もの主演作、出演作があるとはいえ、実質この「ドラゴン危機一発」こそブルース・リーの本格的デビュー作であります。
監督もロー・ウェイをはじめ、交代こそあったものの、この新人俳優、ブルース・リーをどうやって売り出そうかと、試行錯誤していますね。
本当にこれでもかってくらい、いろんなことをやらせています。

まず、驚くのが、実にいろいろな表情のブルース・リーが見れる!
落ち込んだり、切なかったりと、「燃えよドラゴン」「や「怒りの鉄拳」のとことんカッコよさを追及したブルース・リーではなく、カッコいいところも、カッコ悪いところも、全部見せちゃってて、すごく人間味がある。

それに、よく笑う!!

ファンの間では不人気のあの行進も、本人は実にノリノリで演じていて、「ああ、この人、ほんとにダンスうまかったんだろうなとも思わせる華麗なステップまで見せてくれる。

それに、ラブシーン通り越してベッドシーンまでやらせています。
なぜかマーヴィン・ゲイの「ホワッツ・ゴーイング・オン」のインストカバーが流れるんだけど、ソウルを流すあたりドリフのカトちゃんのストリップを思わせる(笑)
あと、今大人になってから見ると、相手役のマラリン、けっこうイイ女だと思います(笑)

あと、ボスの息子、トニー・リュウ率いる麻薬暴力団、はじめは殺した後はご丁寧に死体を氷漬けにして証拠隠ぺいしてたのに、後半、マリア・イーを誘拐するときは、いとこのみなさんを大量虐殺してるくせに、ほったらかしという雑さ・・・。

トニー・リュウとの対決で、血をなめるしぐさは、「残酷ドラゴン血闘龍門の宿」でハン・インチェがやっていたので、ハン・インチェのアイデアだったのもわかる。
スローモーションでの一回やられてからの、飛び蹴りで相手の顔面蹴りも、血なめ同様、「燃えよドラゴン」で再び取り入れられているから、ブルース・リーも自然にハン・インチェからの影響受けてたんだね。

ボス、ハン・インチェとのラストバトルが一番の見どころでもありますが、ここでのブルース・リーは他のどの映画でもやらない戦い方をしていてとても見ごたえがある!!
いきなりブルース・リーから仕掛けるのもすごいけど、はじめの飛び蹴りまで絡めた連続攻撃とかすごいんだよ。
思いっきり脚払いしたりとか・・・。

全体的にもなんだけど、この映画はとにかく血がよく出るし、ナイフでお腹を突き刺す描写とか、ほんとに見ていて痛々しい。
ブルース・リー自身も血みどろになってしまうくらいだし!
そういやブルース・リャンの「必殺ドラゴン鉄の爪」もあまりの残酷描写に、香港では上映を見送られ、一時お蔵入りになっていたそうだけど、「危機一発」は大丈夫だったのだろうか?
前半の死体を氷切断機で切り刻むとこなんか、まるでスプラッタホラーみたいな残虐さ・・・!

あと、友達のがりさんも言っていたし、傑作カンフー映画コレクションの記事でも書かれていたけど、ボスとの対決時、顔のアップが強調されるのはマカロニウエスタンの影響だとか。

やはりがりさんにお聞きした話しだと、マカロニではその後ブルース・リーが西本さんと「ドラゴンへの道」で使うlこととなるテク二スクープを使っているんだって!!
がりさんの研究は本当に素晴らしい!

この後の「ドラゴン怒りの鉄拳」もそうだけど、とにかくロー・ウエイとかこの頃はマカロニウェスタンとかアメリカンニューシネマの影響が強かったんだと思われますね。
「怒りの鉄拳」ラストシーンも、「明日に向かって撃て」みたいだし・・・。

そして、今回観ながら、ふと発見したんだけど、本来、この「危機一発」には編集の段階」でカットされたシーンがいくつもあるけど、例えば予告編に出てきた、ブルース・リーが売春婦をベッドに押し倒すシーン。
この相手役はトニー・リュウに殺されたマラリンではなく、真相解明にブルース・リーが売春宿にマラリンを尋ねたときに入口に座ってた右側の女性だと思われます。

で、オレ、このシーン、シチュエーション、どっかで見たなあ~って思ったんですよ。

これから死ぬ覚悟で最後の決戦に臨む前に、売春宿に行くシーン・・・

サム・ペキンパーの名作でアメリカニューシネマの金字塔的西部劇大作「ワイルドバンチ」!!
「ワイルドバンチ」が69年の作品だから、ロー・ウエイも見ていた可能性大!!

そう考えると、「ドラゴン危機一発」は全編に流れるおびただしい血の量といい、最後の売春宿のシーンといい、マカロニもしくはアメリカンニューシネマをかなり意識していたと考えられます。

特に「ワイルドバンチ」の件は、けっこう自分的には自身ありの大発見だったのですが、既にご存じのマニアの方があるかもしれませんね・・・。

他にも、ちゃうシンイチーさんが言われていた通り、今回、大画面プラス画質くっきりのおかげで、前から謎だったブルース・リーが食べていたのは果たしてビスケットか?えびせんか?もなんとなくわかりましたね。
例のいとこたちが住んでる部屋に「ドラゴンへの道」に出てきた中華レストランの五重の塔みたいなポスターが貼ってあったりの確認や、それよりもなのよりもブルース・リーの髪型が場面ごとにかなり雑だったり(笑)の発見もありました。

てな訳で、ブルース・リーの旅はまだまだ続くのだ~っ!!

新宿ピカデリーのスタッフのみなさん、ちゃうシンイチーさん、本当にお疲れさまでした!!
がりさんも、本当にありがとうございました!!



物販のブルース・リーグッズ、「ドラゴン危機一発」の穴あきキーホルダー、小龍記5.87号に、限定Tシャツ、配布チラシ、それから、買うのを躊躇していたノラ・ミヤオの部屋にある「SU DI GIRI」のドア・プレートも今回、遂にGETいたしました!ちゃんちゃん(笑

いざ!筑波山!!
先週の土曜日、筑波山へ行ってまいりました!!

こないだは高尾山にも行きましたが、今回、なぜかふっと思い出したのです。

そういえば今年の2月、筑波の「好きだ展」のクロージングイベントにブルース・リーのトークライヴという形で参加させていただきましたが、このとき、ある方と映画「君の名は。」の話題で盛り上がったのです。

お話しは「君の名は。」から当然のごとく神社の話しになり、実はこの方は坂東三十三観音巡りの第二十五番札所のお近くのお店にいるらしいのです。
オレも坂東はいっぺんにではないけれど、ちょこちょこ回っていたし、いつかきっとお訪ねしますとだけ言ってこの日は終わりました。

本来なら四国同様に順まわりと言って、一番から順番に回るのがよいのですが、オレが福島県というなんとも不便な場所に住んでいることもあり、坂東はまわれるところから~ってスタンスでまわろうと思いました。

実は札所巡りとか、知識が全くない時期に、鎌倉の杉本寺というお寺にお参りし、そこでなんだかわからないけど、見た目がキレイで素敵ってだけで、なんだかも知らないまま偶然に坂東の納経張を買っていたのです。
このとき、オレは普通の御朱印張は持っていて、その御朱印張には普通に御朱印をいただいたのだけれれど、この納経張というのにもいただいて帰りました。

後で調べてみたら、それは札所巡りというものらしく、この杉本寺はその坂東三十三カ所霊場巡りの第一番札所だったのです。
そして、杉本寺同様に、ただお参りだけしていた別のお寺、例えば日光の中禅寺だとか大谷寺なんかも、みんなこの坂東三十三観音の札所でした。
そこで、あとでこういったお寺も坂東としてまた行き直しました。

茨城にある、一番難所と言われる日輪寺というお寺がありますが、ここにも前訪れていますが、2回目行ったときに、別に順回りでなくてもよいと言うのをこちらのご住職にお聞きし、そこで、福島から行けそうなお寺だけ、とりあえずまわってみようと始めたのです。

筑波も福島からはけっこう遠いですし、行くのは先かなあ?なんて考えていたのですが、こないだ高尾山にも行ったばかりなので、どうしても行きたくなり、決意しました!!

そして、当日。

まず、筑波山へ行く前に、第二十四番の楽法寺、通称雨引観音へ向かいました。
階段を上ると立派な山門が出迎えますが、こちらのお寺はあじさいの寺としても有名らしく、ちょうど時期だったこともあり、まばゆいばかりのあじさいの花がそれはそれは見事でした。

それに、こちらにはなんと孔雀やオナガドリ、あひるなんかが放し飼いになっており、境内をこういった動物たちが歩いているのがまた楽しかったです。
お寺自体も、大きく立派で、他には古い多宝塔など、見どころがたくさんありました。

続いて、いよいよ筑波山!!
まずは「好きだ展」クロージングで盛り上がったひかりさんに会いにお店へ・・・
こちらで、いろいろ場所を教えていただいたり、地図や案内のチラシなんかもいただいたので本当に大感謝です!!

思えば、神社仏閣巡りを始めてから、音楽関係で人とつながったのって、今回が初めてです!!
いろいろお話もできたし、おいしく食事もできたので本当に助かりましたし、旅の楽しさが100割増しでした!!

そしていよいよひかりさんのご案内通りに、坂東二十五番の大御堂に行きました。
こちらはお堂を新築する為に工事をしていましたが、親切な奥さんに借の本堂に案内され、そこでお経を読みました。

お参りが終わると今度は筑波山神社です。

鳥居をくぐるとまずキレイな神橋に目を奪われました。
そこであるおじさんから、声をかけられました。
さきほど、一緒に食事をしていたおじさんがここでボランティアをしていました。
「全国、いろいろなところへお参りしてるんですねえ」「いえいえ・・・」みたいな・・・。
なんだかうれしかったです。

鳥居をくぐり、階段を上がるとまたまた立派な山門です。
この三門はお寺にあるものと同じ形をしているので、昔、ここはお寺だったのだとすぐにわかりました。
仁王様の代わりに、なにかの神様がいました。
これも、昔は仁王様がいたはずです。
明治時代の神仏分離令によって、神社とお寺が分けられ、無残にもお寺の方はつぶされたり、縮小を余儀なくされたりしましたが、それをリアルに学ぶことができるのも神社仏閣巡りのすごいところです。

筑波山神社は本殿自体も物凄く大きくて、ほんと、来たかいあった~と思える素晴らしさです。
となりには恵比寿神社などいくつかの小さな神社もありますが、ここの一つになんと見ざる聞かざる言わざるの三猿がいました。
これも、ひかりさんに教えていただいたのですが、なんと日光のものより古いそうです。
そういえば北茨城の花園神社にもやはり三猿がいましたね!

ほどなくして、ケーブルカーに乗り、山頂へと向かいます。
ケーブルカーは四国のときや、こないだの高尾山でも乗りましたが、何回乗っても本当に楽しいです。

ケーブルカーで登ったら、そこからはいよいよ山頂まで登山です。
男体山と女体山がありますが、オレは二つとも上りました。
前に山形の羽黒山へ上りましたが、あれに比べたら全然楽です。

あ、羽黒山で思い出したので、話は少し脱線しますが、先週水曜日には栃木の羽黒山神社にも行きました。
あちらは登山ではなく、山頂近くまで、車でほぼ行けるのですが、まるで一方通行のような狭い山道をどこまでも車で登っていくので、本当に心臓に悪かったです(笑)
登っている間中、「どうか、対向車来ないでくれ!」と祈ってました!
登った先にはこの世のものとは思えない素晴らしい光景が待っていましたが・・・!!

話戻して、筑波山ですが、山頂にはどちらにも祠があって、物凄い絶景でした!!
さて、下山して、ひかりさんにお別れを告げ、最後に坂東三十三観音の第二十六番、清滝寺へ向かいました。

けっこう、余裕で行ける予定だったのですが、前日の雨のせいで予定していた道がなんと通行止め!
まわり道をして、ぎりぎり行けるかどうか?・・・な感じに!!

お寺に電話をしてから向かいましたが、なんとかぎりぎりセーフ。
実はこちらのお寺はだいぶ昔から、ご住職のいない無住のお寺になっていて、お寺は町の人たちがボランティアで守っているそう。
なんとか御朱印もいただき、町の方と世間話をしていると、一人の方は福島出身のか方で、なんだかうれしかったですが、福島の人でお参りに来る人はなかなかいないそうです。
こちらも、何度か火災によってお堂が建て替えられてきたそうですが、山門だけは難を逃れたようで、歴史を物語るようにひっそりと建っていました。

こちらの清滝寺はいわゆる観光寺ではなく、ほぼ坂東でお参りに来る人のみのお寺のようですが、古い山門をはじめ、大師堂に綺麗な本堂、鐘もつけるので、見どころはいっぱい。
札所巡りではなくとも、一度は訪れてみたい素敵なお寺だと思います。

そんな訳で、筑波山への旅。
今回も本当に一生の思い出となる素晴らしい旅でした。
いろいろお世話をしていただいたひかりさん、そしてひかりさんのことを教えてくれた伊香賀さんも本当にありがとうございました。
大大大感謝です~っ!!

筑波山、一年に一回は必ず来たいです!!
筑波最高~っ!!




50歳!
本日、7月3日、私、ベイビー佐々木、50歳の誕生日を迎えました!!

40歳になったばかりのときも、「あ~あ、40代かあ」とぼやきましたが、50歳ってね~
物凄く歳を取った感じがしますし、オジサンというより初老の域に来たように感じます(笑)。

特にオレの場合、48でガンを発症し、手術までしたもんだから、余計に歳を取った感じがしないでもないです。

よく行く「竹の家」という食堂がありますが、そこの店長もやはり病気になり、闘病生活を余儀なくされたようですが、「病気をして、手術すると5歳は一気に歳を取りますよ」とおっしゃってました。

やっぱり、ガンになると要は癌と一緒に内蔵の一部も切ってしまう訳でしょう?
人間の身体っていうのはすごくて、例えどっかを切ってしまっても、他の臓器でそのなくなった臓器の代わりがで出来てしまうんとはいいます・・・。

しかしさ、オレが思うにやっぱり、不必要な臓器なんてものは本当はなくて、以前とはどこかなにかが違う、変わったと思うんですよ。

オレも竹の家の店長と同じく、5歳くらいは一気に歳を取った気がしますもん。

そこにきて、このタイミングで50歳の誕生日を、迎えました。
本当に自分でも想像もしていなかった50代です。

こんなはずじゃなかった・・・と、言うより、まさかの人生です。
ちょっと前まではバンドと仕事だけしてればよかったような人生・・・

それが大きく一変してのタイミングでの50歳。

しかし、オレはこれでよかったんだと思っています。
今、新しいことたくさん経験し始め、新たな人生に向かってのスタートです。

これは再スタートではない。
今までの経験を積んだ上での、全く新しいスタートです。

まだまだやり残していることがた~っくさんある!!

オレの50代。

きっと素晴らしいことが待ち受けていることでしょう!!







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