BLUEIII ベイビーブログ
ロックバンドBLUEIII(ブルー・スリー)のBBS兼日記 ※悪意・誹謗中傷目的のコメントは、削除する場合がありますので、ご了承下さい。
20000Vと東京ロックの想い出
先日、ライヴした東高円寺二萬電圧だけど、昔は高円寺駅近くのアーケード内にあったんだよね。

数年前に火事でなくなっちゃったけど、ここは本当に想い出があるんだ。
オレがまだ東京に住んでた頃、20歳かそこいらからよく通っていた。

BLUEIIIの前身バンドとも言うべきTEASERってバンドがオレの活動の分岐点でね・・・。
それまでは、いろいろ思考錯誤していたけど、まだ自分のアイデンティティーが確立されていなくてさ。

TEASERってバンドで、トリオ編成のハードロックをやり出してようやく「これが自分のやりたい音だ!」って実感し出した。

当時はBOOWYとかバクチクとか、あの頃の呼び名でビート系っていうの大流行しててね。
みんなそんな感じの8ビートなロックをやってるのが多かった。

オレは流行ってる音楽なんて、その頃はクソだって思っていたから大嫌いだったよ。
今と違って、頭固かったからね(笑)

ただ、その頃、オレは解体屋とかいわゆる土方のバイトしてて、仕事仲間でもバンドやってるヤツが多かった。

土方とかキツイ仕事してるヤツらって、時流に流されない独自の音楽を貫く人たちばっかで・・・

バンドやってるヤツだけじゃなくて、役者目指してるヤツとか、金ためて自分の店持ちたいってヤツとか、不法就労の外人とかもたくさんいたよ。

郡山みたいな地方と違って、みんな夢持って働いてるヤツが多かったから、すごく励みになったし、楽しかった。

郡山みたいな地方だと、働くために働いてるとか、家族養うだけで精一杯とかで、夢持ってるヤツなんて一握りだもん・・・。

ぶっちゃけ、郡山帰って来たばっかの時って、「街が死んでる!」って思ったよ!!!!!


当時は仕事終わったら、20000Vとかのライヴハウスに行って雑誌に出てるバンドとか友達のライヴ見たり、その後飲み会やったり・・・で、毎日が生き生きとしていた気がする・・・。

で、土方のバイトしてると、パンクとかハードコアのヤツらが多くてね。

自分の音貫こうとしたら、そういう辛い仕事しなきゃやれなかった時代でもある。
ビート系とか、売れ線・・・いか天とか出てるバンドは大学生とかゆるいヤツらが比較的多かった印象がある。
あくまで、オレの主観だけど・・・


そんなヤツらとは住む世界違うし、友達にもならなかったよ。


で、オレはオールドスクールなブルースベースなハードロックをやってたけど、当時からライヴは大暴れでさ!!
下手なパンクバンドより全然パンクしてたよ。

毎回、オールドのベースを惜しげもなくぶっ壊してさあ・・・

ライヴやればめちゃくちゃ盛り上がったよ。


で、パンクとかハードコアの連中もみんなオレのことを気に入ってくれてね。
「ベイビーはかっけえ!意」とか言ってくれて、親しくなってね。

そんなある日、バイト仲間のパンクな友達が「ベイビー、今日オレたち、20000Vでイベントやるんだけどさ。一つバンドが出られなくなっちゃってベイビーたち出られないかな~?ノルマとかいいからさ!」とか言うのよ。

いや、オレ、その頃まだ20000Vでやったことなかったし、タダで出来るってんなら、やるっきゃないでしょ?(笑)

ドラムのフクヤマ先生は即OKよ。


しかし、当時のギターのヤツが仕事でどうしても出れない・・・

「じゃ、2人で出ようぜ!!」と行き当たりばったりでやることにした!!

もう、その日だから、当然2人用のアレンジもへったくれもない!!
とりあえず、音だけなんとかごまかそう・・・ってことになり、ベースに思いっきりファズをぶっかけて歪むだけ歪ませた!!

後は、いつも通りの大暴れよ!!

ところが、これが大いにウケにウケまくった!!!

当然、その日に出たバンドでオレたちはダントツ、スターだったよ!!

パンクから、ロックオタクなヤツ、サイコビリーのヤツまで大絶賛!!
あん時の大歓声は今でも忘れない。

時代遅れなハードロックを轟音ノイズで撒き散らすサウンドは、物凄く斬新だったと思うし、グランジを20年先取りしたようなサウンドだったからさ。

誰も、あんなライヴ、見た事がなかったんだね。


オレにとって一番のライヴって、高校ん時の文化祭ライヴなんだけど、間違いなくあの時の高円寺20000Vのライヴは生涯忘れられないライヴとなり、その後の人生決めたライヴは間違いなく、あの日の高円寺20000Vだったんだ。

あの後、郡山に帰った後も、ドラムがBLUEIIIの2代目ドラマーになる勝利くんになったりのメンバーチェンジはあったけど、TEASERはずっとこの2人編成で活動を続け、オレたちはどの会場でも物凄い盛り上がりだった。


しかし、時代が速すぎたんだね。

今でこそ、ホワイトストライプスとかの影響で、2人編成のバンドは当たり前になったけど、当時は・・・

お客には大絶賛だったんだけど、旧態依然としたその頃の日本の音楽システムの中では誰にも理解されなかった。

しかし、リスナーの求めるものは確実に提供していたんだ。



で、TEASERと平行して、遊びでやり出したのがBLUEIIIって訳!!

そう・・・


BLUEIII結成時って、まだTEASERと掛け持ちで、どっちかって言うと、TEASERの活動の方がメインだったんだよ。


BLUEIIIの場合は飽くまで遊びで、「じゃあ、ちょっとだけ時流に合わせて、ギターも入れた「普通の」バンド形態にしましょうか?飽くまで遊びだけど・・・」とね・・・(笑)

ことにした!!

当時、流行遅れのジャズロックとジャンキーでノイジーパンクを合体させたようなのをやろうとしてたんだ。

ところが、やっぱりウケてね。
だから、BLUEIII一本にしようと・・・


仙台のライヴハウスでやった時も絶賛されてさ!!
「めっちゃ、すげえよあんたたち!!でも、何で歌入れないの?歌入れたら無敵なのに?!」って、褒めてくいれたから「いや、全然入れられるどころか、敢えて入れなかったんだけど・・・。そんなに言うなら入れますか?」
・・・ってところから、今のBLUEIIIに繋がるわけ!!!


そして、あれから20数年・・・



場所こそ変わったけど、そのBLUEIIIで20000Vで今回ライヴできたことは本当に感慨深かった。

しかも、友達のthe waruinamidaさんの10周年記念にだなんて!!!



これぞ、ロック的タイミングだわね!!!



まあ、何事も経験だわな。

ただ・・・・


オレがやることって、毎回10年は先を行き過ぎてるとは最近思うね。



頭ん中は20年は遅れてるんだけど・・・・(笑)



そういや、オレたちにも「20000V」って曲あるんだけど、もちろん20000Vにささげた曲だ。



またやりたいね。


あそこで・・・・









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