BLUEIII ベイビーブログ
ロックバンドBLUEIII(ブルー・スリー)のBBS兼日記 ※悪意・誹謗中傷目的のコメントは、削除する場合がありますので、ご了承下さい。
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オレのセブンイレブン物語(笑)



今日、中居くんが司会やってる「金スマ」って番組でセブンイレヴン特集だったので・・・。
しかも2時間スペシャルだった!!

セブンイレヴン1号店を立ち上げるまでの壮絶な話だったけど、大昔セブンイレヴンで働いていたことがあるオレにとってはめちゃめちゃ感慨深い番組だったし、とても感動した。

オレが20歳くらいのときだね。



高校を卒業して、矢沢エーちゃんの「成りあがり」よろしくバイトで貯めた10万円(エーちゃんは5万だったが、時代的にオレは10万にした)の金とベースギター1本持って何のあてもなく、家出して東京に飛び出したオレ・・・

もちろん、BIGに(!)なるため・・・てか、ROCKでプロを目指してたから迷いもなくこんなバカみたいな行動に出たんだあ!!

時代はバブル期に入る直前で、オレのまわりの連中は大学に行くか、就職するかの2択しかなかった。
学校の先生も親御さんとかの手前もあり、めんどくさいから卒業したら、このどっちかにぶっこめばいいや・・・って感じのいい加減な感じだったよバブルだし・・・(笑)。


そんなときにオレだけ進路希望!

「ROCKで食いたい」

・・・だもん、先生、焦るよなあ(笑)




まあ、先生や親、親戚から誰にも理解されず(当たり前!)在学中からバイトで貯めたお金で上京・・・

奇跡的に行き当たりばったりのでたらめ上京だったのにも関わらず、何とか住み込み(!)の仕事を探して東京への第1歩・・・

この間もいろいろあったけど省略(笑)




それから、なんとか仕事にも東京という土地にも慣れてきて1年・・・

その間、一生懸命、曲を作ったり、メンバー探ししたりしながら必死に頑張ってきたんだよね。
しかし楽器は我流、音楽の知識もなかったオレは音楽を少しは勉強しなければとも考え始めていたんだ(今思えば全然的外れだったけど)。

それに、毎日の仕事やってばかりでは先も見えないばかりか、友達も作れなくてさ・・・

で、音楽の専門学校に行こうと思ってお金をこつこつ貯めていたんだ。


で、やっと学校に行けるお金も貯まり、学校に全額払ったときだった・・
なんと!働いていた会社が倒産・・


社長がお金も全部持ち逃げして、最後のオレの給料ももらえなくなってしまった!!


職も生活費も貯金もなくなってしまったオレ・・・


持っていた有り金コカコーラの1リットルサイズに適当に5円とか10円とか100円とか貯金箱みたいに入れてたビンだけだった・・・


しかし、親や先生にタンカ切って家出してきた手前、援助なんて今更受けられないじゃん、かっこ悪いし!!
前の会社の人に1万円だけ借りてなんとか頑張ろうと思ったよ!!

水とカップ麺とスジャータカレー(わかるか?)だけで一ヶ月を乗り切った!!!!
あれ、ガチでめちゃキツイ時期だったよ・・・。

あの頃、フロムエーっていうバイト雑誌が100円で売ってたから、それ見て交通費かからないなるべく近くのところで仕事を探そうと思った。

で、あったのが杉並日大二高近くにあったセブンイレヴン!!

早速、訪ねていくとセブンの仕事はきついからフルタイムでは働かしてくれないと断られてしまった・・・

ところが、中からオーナーさんのお嫁さんのおばさんが出てきて、「あ、福島の方ですか?私も福島なんですよ。ああ、そうですか、若いのにご苦労なさって・・・」と、福島ってだけで採用してくれたんだ。


まだ、セブンイレヴンが24時間になる前の朝7時から始まって11時には終わる時間帯の時代の話だよ。

今の若い人は何故、セブンイレヴンって名前だかわからない人がいるようだね。
7時から11時の営業だったから(それでも当時のスーパーとかからすればかなり長時間の営業時間だった)セブンイレヴンだったのですよ。

しばらくして、オレが働いている時期に24時間になったんだ!!
だから、オレは日本で初めてコンビ二で24時間になったとき働いてたバイト1号だったわけ(笑)


で、昼は学校へ行き、夜はバイト・・・とめちゃ頑張りながら生活してたなあ。
友達もたくさん出来て、自分がリーダーとなる初バンドを組んだのもこの頃だ。

学校でも友達が出来たし、給料は安かったけど(当時で月7万くらい・・・。)その代わりいろんなもんを学んだね。


一生懸命働けば、店の人にも気に入られてご飯をご馳走になったり、社員がやるような重要な仕事も任されたりした。
オーナーの息子さんとも仲良くなり、ライヴを見に来てくれたりさ、今思い返すとオレの本当の人生が始まった気がしたよ・・・

よくオーナーさんに「ササキくん、うちの社員にならないか?」とも持ちかけられたよ、オレがあんまり熱心に働くからさ・・・。
ホントはROCKがあるから一生懸命働けただけで・・・まあ、それは今でも全く変わらないけど・・・。

しかし、一番初めにオレを面接してくれたオーナーさんの奥さんはすごくオレのことをわかってくれていて「ササキくんは夢があるんだから、そんなこと言っちゃいけないよ」とオレの味方になってくれた。

しかも、ちょっとでも自分のコネクションでよさそうなのがあると持ちかけてくれたり・・・オーナーさんの娘さんはプロのダンサーだったのもあっていろいろオレの力になってくれたんだよ。(某有名ミュージシャンのバックでやる話しとかさ・・) 

今、改めて思い返してみても感謝しきれない。


あと、ここの「セブンイレヴン杉並日大二高店」、よく杉並日大二高の生徒も買い物来てたんだよね。
で、いつもリーゼント頭で店に立っていたオレに興味津々なバンドやってる生徒が文化祭に誘ってくれて・・・

あれ、嬉しかったなあ。

女子高生ふたりだったんだけど・・・
「文化祭でコンサートやるんでぜひ来てください」なんて・・・

喜び勇んで店から買ったおでんとか差し入れに訪ねていったら、めちゃ喜んでくれてさ。
ちなみにこのコらがやってた曲がVAN HALENの「ドリームス」とか洋楽のカバーだったり、時代を感じさせますなあ・・・

いや、女子高生があのイントロをシンセで弾く・・・そんだけで、のどかな時代でしたよ・・・



まだまだ思い起こすとたくさん思い出があるんだけど、セブンイレヴンにはそんな素敵な青春時代の思い出が詰まっているのです!!


だから、いまだにセブンイレヴンに入ると、「ああ、この店はペースアップがなってない!」とか「売れ線ばっかで冒険ない」とか、仕事的な目で見てしまうし、働いている人たちにも親しみと敬意を感じます。



自分のことながら・・・

人に歴史ありっていうか、セブンイレヴンの話だけで、たくさん語れてしまう自分がいます(笑)


いや、昔の話ながら全然、まだまだ面白い話あるんだけど・・・




それはまあ、またそのうち・(笑)



ちなみにオレは毎日食べてたので「イカフライおかか弁当」はもう食べれません、食べ過ぎて気持ち悪くて(笑


あと、基本カップラーメンの生活だったんで、偏りすぎた生活をしすぎていたせいか、体質そのものも変わってしまい、何故か上京前は全然平気で食べれていた蟹とか海老の甲殻類を食べると身体中に蕁麻疹が出来るというアレルギー体質になってしまいました・・・。


まあ、それもROCKってことで!!

まともなことやってる奴にROCKなんて出来ないよ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!











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