
“水になりなさい、水のように・・・。”
俺はこのブルース・リーの言葉が大好きだ。これは彼がアメリカ時代に出演したテレビシリーズ「ロングストリート」の中の台詞だが、今、DVDでも出ている「ロストインタビュー」でも、司会者に頼まれ再現している。最近でこそブルース・リーが最高のアクターで武道家と言う以外に、最高の思想家だったと言う事もわかりはじめたが、今から10数年前までは日本では情報も少なくほとんどの人、かなりのブルース・リーファンでも分からなかったと思う。ところが、あのジークンドーの中村先生が、日本で初めてジークンドーを本格的に広めたり雑誌の「映画秘宝」が、本格的なブルース・リーの特集本を出したあたりから97年頃にはホンッとに久しぶりのブルース・リーリバイバルブームが到来し、やっと日本でもそれまで知られなかったブルース・リーの思想家としての側面も知れ渡る事となる。まあ、俺の中ではもっと早くに知りたかったなあと思った次第だ。まあ、今でも全然、間に合ってはいるのだが。(笑)とくにこの“水になりなさい”と言う思想。これは武道だけではなく、人生そのものに活用できる言葉なのだ!“水になれ”と言うのはどんな状況になっても水のように柔軟な姿勢で向き合いなさい・・・、超端的に言えばそう言う事だ。水はカップに入ればカップの形に、急須に入れば急須の形になる。俺は若い頃、物凄く一直線な男だったと思う。曲がった事が嫌いで、よく人とぶつかるし、トラブルも多かった。それに世の中は正しいところなんだ!と勘違いもしていた。だから正しい事をしても報われないとか、不条理な事に真剣に悩んだし時には今で言う“イジメ”を受けた事もあったよ。まあ、今日のテーマは“いじめ”だな。まあ、今、マスコミで騒ぎまくってるのは、なんか胡散臭いけど。だってマスコミとしては、あれほど面白いネタはないじゃん?だってイジメほど不条理で酷いものはないじゃない?そういうのに飛び付くから、マスコミなんてもんは。それより某掲示板とか、常識はずれのもんを騒いでりゃいいものをね。まあ、イジメって別にガキだけのもんでもないし、必ずしも勉強や運動神経がわるくて暗いやつが受けるとは限らないから。俺の場合は20代前半だね。東京で四畳半の部屋に一人暮らししてバンド活動バリバリやってる頃だ。俺はあの頃、現場仕事始めたばっかでさ。それまでは布団の営業やってたの。前も書いたけど、俺は家出同然でギター一本かついで、高校で新聞配達して貯めた10万の金持って行くあてなく上京したからね。気合いはバクバクよ!で、なんで布団の営業の仕事やったかっていうと、住み込みでオッケーだったから(笑)。まあ、この仕事探すまでも2〜3日ホームレスやって大変だったんだから。で、現場仕事だと金もいいし、時間も早いからバンド活動もバッチリできると思って始めた。俺は別に真面目って訳でもなかったんだが、布団の販売とかしてたからとにかく、そこで叩き込まれてたんで、肉体労働できつい仕事になったものの無遅刻、無欠席でバリバリ頑張ってた。社長はそんな俺をとても可愛がってくれて、給料もどんどん上げてくれたんだよ。ところがこれを妬んだ前からいた奴らが、一斉に徒党を組み始めたんだな。中でもズル賢い奴がいて俺が、他の仲間に対してあることないこと、悪口を言ってるとばらまきやがった。俺は職場で孤立し、奴らの陰湿なイジメが始まった。とにかく口を聞いてくれないし、さすがの俺もかなり精神的には追い詰められたよ。だってこっちは親にもタンカ切って家飛び出して来た手前もあるし、東京じゃ助けてくれる知り合いもいない。そう、逃げる場所がないんだな。学校だったら不登校と言う手段もあるし、実家にいる社会人ならニートになればいい。しかし俺には何もなかった。毎日、毎日もがきまくったよ。食わなきゃいけないから仕事には行かなきゃいけないし、行けば物凄い重い空気だ!いや、あいつら俺とタイマンで喧嘩する勇気はないんだよ。だから集団で精神的に追い詰める。まあ、今考えると俺も空気読んでなかったとも思うんだよ。絶対、間違っ事すんのいやだったし、自分を曲げなかったから。だからヒンシュクを買ったんだって事は今なら分かる。しかし若かったし、一直線にぶつかってく方法しかなくてね。結果?イジメに耐えながらも仕事に行きながら別の仕事を探しましたね。学校で行ったら社長は先生と同じで・・・。ただやっぱり一応社会人だしさ。社長とかに相談とか出来なかっよ。だってカッコ悪いし、目をかけて貰ってたしさ。だから次んとこ見つかるまでは、じっと耐えて気合いで仕事に行ったよ。そしたらそんな俺の姿に感銘を受けた若い奴もいて、それが一人、二人と俺のもとに集まってきた。ついには社長は俺を職長にしてくれて若くて根性ある奴をつけて、言わば佐々木班みたいなのが出来たんだよ。しかも誰も務まんないようなきつい現場専門!今の幕張メッセの基礎工事とかさ。しかも現場監督が超厳しい人でね。ところが俺たちの班の頑張りが通じたのか、その鬼の現場監督が俺たちに酒をおごってくれたんだよ。あん時は嬉しかったな。しかし、凄くいい仕事が見つかって俺はここは辞めた。しかし、イジメこそなかったものの、俺はそれから職場を転々とする事となる。上司と反りが合わなかったり、仲間で嫌な奴がいたり、そして一番が、バンド活動に影響を及ぼすような職場はソッコー辞めた。だから、履歴書には書ききれない会社数がある(笑)。俺が思うのは世の中いろいろな考えかたがあり、必ずしも俺みたいな一直線でがむしゃらな奴が正しいとは限らないと言う事だ。いや、違うか。正しい事をしても時に報われないばかりか、世の中ほど不条理なところはないと言う事かな?まだまだ20代前半で、人間が出来ていなかったとは言え、社会人にもなり、しかも高校ん時には、仮にも空手の試合で全国大会に出場したり、学校じゃバンドで人気ものだったこの強い俺だってイジメにあうんだから、今、小学校、中学校、あるいは高校でイジメを受けている子供たちはどんなに酷い事をされているんだろう?俺の場合は社会人でそれでもかなり常識の範疇内でのイジメだったと思うけど、それですら、っつうか、それのほうがつらいかも知れないけど、子供は残酷だからね。多分、もっともっと陰湿なんだろいなきっと。“水のように”!このシンプルな言葉が示すとおり、もっと柔軟になって発想を転換させれば上手くいくんだよ。いや、それをやっと悟ったのが、俺も30過ぎさ。まだまだこれから苛酷な運命が、俺が人間である限り待ち受けているだろう。しかしほんの少しでも、この悟りを開けた今、俺は絶対に負けない勇気が心に宿っている。柔軟な姿勢で・・・。べつに“いい加減にやれば”いい訳ではない。頭をやっこくして自分の人生を諦めずに生きていきたいなあ!

