
俺には二つのタコがある。まあ、どっかの誰かさんは耳にタコ出来るほど、毎日のように怒られたりしていますが、俺の場合はまず、このパソコン全盛期の時代にあって、イマドキ、ペンダコである。これは前にも書いたけど、ブルー・スリー結成以来、書いている手書きの新聞、(あえてフライヤーではない!(笑))ブルー・スリー新聞執筆の為に出来たものである。思い起こせば8年前、ブルー・スリー結成時、世の中には、パソコンが普及しつつあった。で、それまでバンドとかのチラシ、ポスター、またはチケットまでもが、“手書き”“手づくり”と言ったアナログ作業であったのに対し、この“パソコン”と言う未知なる道具が登場してからはアマチュアバンドマンでも、プロ顔負けのフライヤーやポスターを作る事が可能になった。んで、バンドの“ホームページ”なるものまで出現し、俺たちとしては、なんか軽く浅はかに感じられたものだった。で、何故か、この動きに“負けてたまるか!”と始めたのがまさに時代と逆行するアナログ作業、手書きのブルー・スリー新聞作成活動!こんなん8年もやってりゃ、ペンダコなりますよ。結果的に始まる事となったホームページ。んで、今じゃ俺ももっともポピュラーな“ブログ”なんてのをやってるが、ホント、これ、楽だよ。よく、「ベイビーさん、よく毎日更新できますね?」って聞いてくる人もいるけど、ブルースリー新聞作るのに比べると超楽チン!いくらでも書けるわな!ほんっとくっだらないネタ死ぬほどあるし!さてペンダコの話しで脱線したけど、もう一つのタコね。これはガキの頃からやってる空手で鍛えた拳ダコ!今日の写真ね。なんで空手始めたかって言うと、もちろんブルース・リーね。「ブルース・リーは空手じゃなくてジークンドーだろ?!」と思う方もいらっしゃると思うけど、当時今から33年も昔、ジークンドー教えてるとこなんてなかったんだよ。ブルース・リーに関する事だって、か細い情報しかなかったし、今は正しい読みかた、ジークンドーって言ってるけど、当時はセッケンドウってそのまま言ってたんだから。初めてブルース・リーの映画を見たら男だったら彼のように強い男になりたいもの・・・。はじめは、何回も見に行った彼の映画の物真似をして、部屋で一人、悦に浸っていたものだったが、やはり限界がある。何故かって?映画の中のブルース・リーの強さ、カッコよさには、自分があまりにも程遠かったからだ。そこで、ブルース・リーの当時売ってた本に出てた、ブルース自身があみだした武術“セッケンドウ”が学びたくなるも、ブルース・リーは亡くなっているので無理!仕方なく親の知り合いの剣道場で、剣道を習いだすも、“ここには自分の求めているものはない!”と一ヶ月でやめた!まあ、今、思うと剣道もスゴイんで、もっとやっとけばよかったなあと思ったけど、当時はなんかカッコ悪いと思ってね。これ、ブルース・リーじゃないなと!で、もっともわかりやすく映画のブルースに近かったんで、空手道場に通い始めたんだけど、結果的にはよかったね。空手をやる事によって、ブルースのスゴさを改めて知ったし、あくまで伝統的な空手に対し、ジークンドーは、より無駄のない画期的で、しかも理論的で深いものだと、なんとなくだが理解できる。ただ、映画を死ぬ程見ている俺としても、空手とジークンドーはまるきり違うと断言できる。ブルースの構えにしたって、より合理的なサウスポースタンスだし、それにしたって彼の広大な武術理論からすれば、まるでささいなこと。しかもそれを武術だけでなく人生もかくあるべき、と説いているのがスゴイ!しかし空手をやって、続けてよかったのは、やはり精神的に強くなれた事だね。ブルースも映画「ドラゴンへの道」で言ってるけど、“例え、他の国の武術だろうと身につけていた方がいい!」と言っている。やはり独学では限界もあるし。で、空手ではありとあらゆる身体の場所を鍛えるんだけど、拳は“巻きわら”とよばれる道具で鍛えるんだよ。始めは痛くて表面の皮も破れたりして、血が出たりして大変なんだけど、そのうち神経がいかなくなり、何を叩いても痛みを感じなくなる。俺も高校生ん時、巻きわらのほかに、学校の教室で授業中、1番後ろの席な事をいい事に、真後ろにある壁に拳を打ち付けて鍛えていたが、友達の話によると、隣、つまり後ろの教室に“ごーん、ごーん”とかなり響いたらしく先生が、なんだあ?とか騒いでたんだってさ。しかしこういう拳の鍛え方ひとつとっても、ブルースとは微妙に違って、空手が人差し指と中指の付け根を鍛えるのに対し、ブルースの拳ダコの写真見ると、ボクシングみたいに中指、薬指、小指の付け根が鍛えてある。今も俺は、ツアーとかで道場には通えないにしろ、毎日稽古をしているが、今は念願だったブルースも使っていた砂袋で、拳を鍛えている。稽古後はもちろん、アメリカ時代のブルースの気分!ああ、いつまでたっても馬鹿だなあ!(笑)

