BLUEIII ベイビーブログ
ロックバンドBLUEIII(ブルー・スリー)のBBS兼日記 ※悪意・誹謗中傷目的のコメントは、削除する場合がありますので、ご了承下さい。
闘病日記 6  突然の訪問者
今週の月曜日。

朝の散歩を終え、クスリを飲んでいたときだった。
いきなり、VIOLETSのパッチさんから電話があったんだよ!!

ちょっと麦茶飲みたいから寄ってもいい?・・・ってことだったけど、今、オレ水しか飲めないからね。

しばらくしたら、VIOLETSチームがオレが飲む為の天然水をいっぱい持って来てくれたよ!!
相変わらず粋なことするんだよな~、カッコいいっ!!!

なんでも、東北ツアーの帰りだったらしく、わざわざお見舞いに寄ってくれたのでした。

いや、本当に久しぶりにロックな気分に浸ったよ。
VIOLETSは本当に超大好きなリスペクトするバンドだったから、物凄く光栄だった、てか感激だったなあ。

丁度、この日は抗がん剤の副作用で、朝から微妙に具合悪かったんだけど、VIOLETSチームがかもし出す、陽のカルマのおかげで、すっかり気分がよくなったもんね。

こないだ哲人28号さんと、リーロンさんが来てくれたときも感じたけど、やっぱり「気」の力と言うものは素晴らしい。
ホント、どんなクスリや抗がん剤よりも絶大な効果を発揮すると言うか・・・。

とにかく、パッチさん、ヨダッチさん、クスモッちゃん、キーヤンの顔見てるだけで、すごい幸せな気分になれたから。
本当に本当に嬉しかった!!

是非ともまた、一緒にライヴがしたいです。
本当にありがとうございます!!



ロックンロールバンド~♪


VIOLETS最高~っ!!!!!




闘病日記 5 癌と闘うドラゴン
癌とはじめて診断されたとき、ショックを受けたのはもちろんですが、「ああ、オレ、死ぬのかな?」とか多少なりとも考えてしまいました。

当たり前なんですが、昔から癌と言ったら、病気の中でも死に繋がる重い病気という認識していたから・・・。

テレビドラマや映画なんかでも、難病モノの話では必ずと言っていいほど、癌がテーマなものが多いです。
そして、必ずラストに主人公が死んでしまい、お涙頂戴で終わってしまうというのがほとんど・・・。

これも、昔も今も変わらないと思います。
医学が発達した今でも、相変わらず難病モノと言ったら、癌がテーマになるのだから、どんだけ重い病気なのだろうとも考えてしまいますね。

オレが癌と診断されてから、まず家族やバンドのメンバーに相談してみました。
クスリ関係の仕事をしていて、医療にも詳しいドラムのいわたさんにまず、相談してみたら、オレに出来ている癌、S状結腸に出来た癌の手術はそれほど難しくはなく、摘出してしまえば治ります・・・という感じでした。

これには、かなり安心してホッと胸をなでおろしたものの、その後詳しく調べるにつれ、事態はそれほど軽くなかったことがわかってきました。
まず、福島に住む有名な医師であり、実際に自らも癌に侵された星野先生という方の話だと、なんと星野先生もオレと同じ、S状結腸に癌が出来たらしく、手術で摘出後、抗がん剤だけで治そうと試みたものの、なんと半年後に肝臓に2箇所も転移してしまったと言います。

星野先生にはじめに出来た癌も4センチ程度と言うから、オレとほぼ同じです。
オレの場合はその後の精密検査でもう少し大きいことがわかりましたが、星野先生の場合、目に見える4センチほどのその癌はきれいに切り取ったようですが、目に見えない癌が身体中に散らばっているかもしれないということだったそうです。

まさにオレも、今同じことを病院から言い渡されましたが、実ははじめに出来たときより、2回め、3回めの転移、再発したときの方が死亡率は高いらしく、星野先生の場合は再発した時点で、5年生存率はゼロ(!)になったようです。

その後、星野先生はドイツの有名な医師、マックス・ゲルソン博士が開発した「ゲルソン療法」と言う食事療法によって癌を克服し、現在はその経験を生かして自ら、この食事療法によって癌と闘うことを薦めています。

この星野先生の本を読んでから、更に他の本もたくさん買い込んでひたすら読んでいますが、現代の医学である、手術、科学療法などではまだまだ限界があるということでした。

そこで、ゲルソン療法です。

ゲルソン療法の考え方として、癌は身体の栄養障害、代謝障害と考えて、癌を特殊な栄養療法、食事療法で治療する方法です。

なんと、1930年代と言う古くに考案された方法ですが、基本的に大量の野菜ジュースを飲み、塩抜き、脂肪抜きなどがその主となるようです。

一番有名なこのゲルソン療法以外の食事療法の本もたくさん読んでみましたが、訴えていることは多少の差こそあれ、みんな同じような感じでした。


とにかく、肉、塩、砂糖、添加物を取らない!!
新鮮な野菜と玄米食、絞りたての人参ジュースが基本で、まあ、早く言えば外食や、コンビニのものは食べてはダメと言う感じですね。

野菜でも、原産地が明確なものしかダメとか、牛乳もダメ、ポテチやらカップヌードルなんて持っての他のようです。

そういえば、生前の父もこの通り、実践していて、あれだけ好きだった酒をぴたりとやめたのは、ただ身体に悪いからではなく、酒を飲めば、癌が再発し、死んでしまうからです!!

現在、オレはゲルソン療法、星野先生のゲルソン療法をもっと優しくした独自の方法、それから済陽高穂先生という、やはり日本の食事療法で有名な方の食事療法をいろいろ自分の出来る範囲で出来るようにし、更には抗がん剤治療、適度な運動などを組み合わせて、癌と闘っています。

ただ、食事療法や運動によって免疫力をつけたり、、抗がん剤治療で身体に散らばっている小さい癌細胞を殺す以外で大変なのが、やはりストレスとどう向き合うか?ですね。
免疫力というものは、食事や運動だけでなく、精神的なものの方が深く関わっているそうですから・・・。

本当に、ストレスと言うのは癌になりやすい体質を作ってしまう、と言うのも科学的に実証されていると言うから驚きです。
癌になりやすいのはストレスだと・・・。

オレの場合はこのストレスで癌になったといえなくもないのです。
特に、仕事でのストレスは相当なものだったと、今考えれば思いますね。

思い起せば、前にいた課の頃は毎回の健康診断も常にAとかBで、今の課になってからいきなりEと、目に見えて明らかですから。
間違いなく、今の仕事は自分には合っていない仕事なのですね。

ただ、オレはどんなことでも気合で乗り気ってしまうから、それほど辛いとは感じなかった・・・と、言うより辛いと思わないようにしていただけかも知れない・・・。
その代わり、心の方ではなく、身体の方がじりじりと蝕まれてしまったんだと思いますね。

20代~30代くらいの若いころは気合で乗り切れても、癌年齢となる40代からはあまり無理をしてはいけないそうです。
だから、もし今後精神的にストレスを抱えるようであれば、最終的には仕事を辞めることも視野に入れなくてはいけない・・・。

いや、この不景気に加え、年齢的にもそんなことは考えたくもないんですが・・・

ただ、そのくらい深刻な問題に直面してしまっていると言えるでしょう。

死んでしまったらもう、どうしようもないですからね!!



しかし、悪いことばかりではなくて、S状結腸の人がほとんどなるという、リンパへの転移。
オレの場合、これがなかっただけでも不幸中の幸いと言えるでしょう。

しかも、やはりS状結腸というと、肛門に近いので、このあたりを癌にかかってしまった場合、ほとんどの人が、ストーマ(人工肛門)をつけるそうです。
ストーマをつけると、生活してく中で、いつ便や尿が出ているかもわからないほど大変だそうなので、仕事はもちろん、バンドどころではなくなってしまったかもしれない・・・。

手術前にも病院から、「人工肛門はつけなくていい」と言われたんですが、逆に考えると、癌になると言う事は、人工肛門みたいなモノをつけなければならないような重い病気なんだなあって改めて思ってしまう・・・。

そんなことも知らずに、お腹に癌細胞を育てながら、土日も休みなく休日出勤していたオレ・・・
全くバカだったなあってつくづく思う!!!!
あと少し、発見が遅れていたら間違いなく人工肛門をつける結果となっていたし、おそらく癌も更に進行していたから、寿命も短くなっていた・・・。

考えただけでも、ゾッとするエピソードのオンパレードですが、ぎりぎりとは言え、よくこのタイミングで発見できたなとも思います。

こんな幸運もないと思うし、今は命の大切さを身を持って知らされた。
今、本当に健康な生活をしているし、そういう意味では癌が出来たことには感謝もしています。

あのままだったら、ずっと同じ生活をし続けたと思うから・・・。

あとは再発しないように、いかに自分の生活を摂生し、ストレスなく快適に明るく人生を生きていくことですね。


治しますよ。
完全に!!


walk on!!!





闘病日記 4 天国の父からのアドバイス
病院に入院してすぐ、あることに気が付きました。

「ここの風景、前に見たことがある・・・」

オレが入院していたのは、その病院の7階。
エレベーターを降りるとすぐに7階からの素晴らしい景色が目に映るホールに出ます。

このホールでは、患者さんと面会したり、(歩ける患者さんのみ)食堂代わりになっていたりします。
手術中には、親族の人たちはここで待っていたりもする・・・。

そう、この風景は10数年前にオレの父親が入院していた場所なのでした。
あのとき、父は帰りにエレベーターまで送ってくれたなあ・・・と、はっきり記憶していたのです。

あの時、確かうちの父は大腸ポリープで入院して・・・
そう、オレと同じような病気、大腸癌になる一歩手前の病気で父は入院していた。

本人もそう言っていたし、てっきりオレもそう思い込んでいた・・・。

しかし、オレが退院してすぐ、ゴールデンウィークで帰省していた妹から衝撃的な事実を聞かされたのです。

退院後のオレは身体が衰弱していて、血圧も下がり体重もかなり減った・・・
妹は「しばらく、かかるよ。体力戻るまではゆっくりした方がいいね。歩くのも大事だよ」と、まるで自分が癌で手術したことがあるように、こと細かくアドバイスしてくれるのです。

すごいな、頼りになるな・・・と思って感心していたのですが、実は・・・・

なんと、オレの父親は大腸ポリープではなく、オレと同じ大腸癌だったのです。
そのとき、丁度一緒にいた妹は父の病気を全部知っていた!!

父もやはり、手術の後は血圧が下がり、体重が下がったりして体力が物凄く落ちた。
手術後は腸閉塞にならないように、直ぐに歩いた。

姪っ子が、父の歩くのに病院を一緒になって歩いたエピソードなども話してくれました。
父の場合は、大きな癌が一つと、数え切れないくらいの悪性のポリープもたくさん出来ていたようで、実際には全部の癌細胞は取りきれなかったそうです。

しかも、手術後、しばらくするとお腹が膨れ始め、再手術が行われ、2回もお腹を切ったそうです。
たぶん、今思い出すと、腸閉塞になったと思います。

生前の父と温泉なんかに行くと、いつもお腹から腸が出ないようにと、お腹にコルセットを巻いていたのも思い出します。
それと、二度もお腹を切ったので、痛々しい傷跡もはっきり脳裏に焼きついている・・・。

オレも、手術を経験した身、「痛かったろうな。辛かったろうな」と、今、改めて、泣けてきてしまう。
更に思い起こすと、手術後、入院中にうなされて「庸一、庸一」とオレの名前を呼んでいたとも、母から聞かされていました。

そういえば、手術後から晩年にかけて、よく母と近くを毎日毎日、散歩していたっけ!!
今、オレがやっていることを父もしていたのです。

父は抗がん剤はやっていなかったようですが、その代わり母が毎日、林檎を擦って飲ませたり、栄養バランスがよい免疫力が出る食事を与えていたそうです。
母は栄養士をしていたので、いろいろ勉強して理解っていたのですね。
これも、まさにオレが今、取り組んでいること・・・。

今のような情報のない時代に、自然と抗がん食事療法を母は実践していたのですね。
そして、実際、オレの父は一昨年の11月に亡くなるまで、実に10数年も生きた!!

この事実が更にオレを元気づけてくれた。

つまり、父は死してなお、オレに「希望」というアドバイスを天国から贈ってくれたのですね。
「オレも生きたんだから、お前も大丈夫だぞ!」と。

そういえばオレの手術が無事に成功したとき、妹がこう言ってくれたんだった。
「きっと、パパが天国から見守ってくれたからだね」と。

オレはこの事実を知ったあと、一人泣きました。

そして

在りし日の父の笑顔を思い出しながら「ありがとう、ありがとう」と仏壇の前に手を合わせました。

オレは大丈夫だよ。

これからも見守ってやってください。

きっと治します!!!





闘病日記3 抗がん剤治療始まる
またまた久しぶりのブログ更新になります。

退院こそしたものの、自宅療養が続いております。
入院中はやはり、いつでも病院や、まわりに頼れる環境にいたのと、適度な緊張感からか、体調はかなりよくなったと思い込んでいたのですが、やはり自宅にいると、そうもいかなくなりました。

入院中からなのですが、まず不眠症に悩まされ、どうにも朝まで眠れないのです。
しかし、これは入院したことのある人ならみんなそうらしく、みんな病院から睡眠薬を貰っていたそうです。

オレの場合は、眠れないのは自分のせいだ!と思い込み、入院中からそういう相談はしなかったのですが、退院してからも全く状況が変わらないので、思い切って病院に相談してみました。

直ぐに睡眠薬が処方され、しばらくのうちは睡眠薬を使ってでもゆっくり眠った方がよいと言われましたね。
まあ、睡眠薬を飲んでも、寝つきはよくなったものの、一旦トイレとかで目が覚めるとまたまた眠れなくなるという状況が続いていますが・・・。

それと、相変わらず体重が55キロと減ったままに加え、血圧が異常に低い・・・
この為か、ちょっと買い物とかに出かけたり、立ったままでいると、かなりの立ちくらみが起きて、立っていられなくなる・・・

しばらく横にならないと耐えられないほど辛いのです。
貧血の症状と言うか・・・

まあ、入院中、点滴だけで寝たきりの生活が続いたので、体力が相当落ちたんですね。
あと、まだ手術したお腹の傷が痛むので、くしゃみとか咳とかすると未だに激痛・・・。

だから、人ごみが怖いですね。
いつ、横から子供とか人が飛び込んで来て、お腹にぶつからないかとか不安で・・・。

朝の散歩時も、なるべく人がいない時間帯を狙うようにしています。
犬の散歩とかの人に、会って、犬が飛びかかってきたら・・・とか考えるとゾッとする。
いや、犬は大好きなので、正常なときはじゃれるつもりで犬に飛び掛られても、逆に嬉しいくらいなのですが、今はそうもいかない。

いや、まだ走ったり、踏み込んだりすることが出来ないので、もしそういうことが起こっても逃げられないのですよ。

そういうわけで、なるべく人のいない時間帯で黙々と一人で歩くのがいいですね。

そしてその散歩ですが、はじめは公園をわずか2週しただけで、倒れそうなほど疲れましたが、今では午前と午後に5週ずつ、1時間は歩けるようになりました。
それがそのまま1日のノルマにもなりましたね。

それから、もう一つ気になっていたのが、入院中から声が出なくなっていたこと。
いくら喋ろうとしても、風邪をひいたときみたいに声がガサガサになってしまう。

ちょっと喋りすぎたり、大きな声を出そうとしても咳こんでしまい、思い通りの声で話せない。
もちろん、歌なんか歌えない・・・。

これは、お腹を切って力が入らないからと言うこともありますが、手術の時に喉に管をつけていたからなのです。
手術中、意識のない状態のときに、息が出来なくならないように、鼻から喉にかけて管を入れるんですね。

で、この管が喉を傷つけてしまう。
これは、時間が経てば治る人もいれば、手術しないと治らない人もいるみたいで、これにも悩まされました。
「オレはずっと唄えないのか?」って、これはヴォーカリストにとっては死活問題ですよ!!

で、手術してからかなり、これらの症状が続いたのですが、状況が変わったのが先週の木曜くらいに職場の友達がお見舞いに来てくれたあたりから・・・。
久しぶりに、人と話すこと自体もかなり身体によかったんだけど、その友達が真剣に話しをしてくれたのが励みになったのですね。

そして、土曜日!!
この日はブルース・リー関係でお世話になっている方2人が、遠方から駆けつけてくれ、大好きなブルース・リーの話を大好きな人たちと話しているだけで、身体の免疫力が劇的にあがったのか物凄く体調がよくなったのです!!

やはり、気の力と言うのもはどんなクスリよりも強いのか、本当に、あれだけ出なかった声もこの日から元に戻って来たし、散歩もそれまでヨタヨタした老人歩きだったのが、シャキッと散歩ではなくウォーキングになった!!

これはスゴイ効果です。
本当に感謝感激ですが、食欲もかなり出てきたので、回復が更に早くなってきました。

このタイミングで、いよいよ抗がん剤治療も始まりました。
抗がん剤はかなり強い薬なので、副作用も激しいと言われますが、病院によるとオレに処方された抗がん剤は吐き気、食欲不振、脱毛、静脈炎、皮膚潰傷、白血球減少による敗血症、肺水腫、低酸素血症などさまざまな副作用の可能性があるようです。
特に、食欲不振、色素沈着が酷いらしいですが、これを続ければ癌細胞を完全に殺せると考えれば仕方ありません。

やはり、癌は一番初めにかかった時より、再発したときの方がかなり怖いらしいので、これから5年間はいかに再発しないか?を考えながら生活しなければなりません。

癌の怖いところは、悪いところを全部、摘出したから完全に治ったとは言えないところですね。
確かに目に見える部分は切り取ったとは言え、顕微鏡で見ないとわからないような癌が身体中に散らばっているらしいのです。

初期の場合は摘出で完全に治る場合もあるそうですが、オレのように進行した場合の癌だと、血液を通っていろんな場所に行っている可能性があるといいます。

しかし、オレはせっかくまた貰った命なんだから、これからは大切にしていこうと考えています。
抗がん剤治療はもちろんですが、体力が戻ったら、食事療法を徹底させ、あとはいかにストレスのない生活を送るか?ですね。

残念ながら、今の職場では全く向かないポジションの仕事についているので、ストレスの方は完全に回避できそうにないですが、(実際に癌を治す為に不向きな仕事を完全に辞めてしまう人が圧倒的に多いそうです)なるべく精神面にも負担をかけないような生活を心がけるようにしていきたいです。

まあ、今までは気合でなんでもこなしていたオレですが、気合で精神は超えられても、身体が壊れてしまったらどうしようもない・・・。

いや、先のことは考えず、もうしばらく療養して頑張るしかないですね!!


walk on!!


闘病日記 2  退院
手術してから、直ぐに運動を始めたのが項をなしたのか!?退院が巻きに巻いて、昨日無事に退院できました!!


まだまだお腹の傷は痛いんだけど、夜中にずっと痛いとか、痛すぎて我慢できない・・・とかではなくなりました。
それでも、まだ車の運転とかは到底無理です。

それと、毎日歩いているんだけど、自分ではそれなりにスタスタ歩けているつもりでも、やっぱり普通の人に比べると全然遅い!(笑)
端から見たら、弱った高齢のおじいさんくらいのよたよた歩きに見えるかもしれない。
あとね、体力がかなり落ちました。

運動すると、かなり体力を消耗するし、歩いた後は横にならないと具合悪くて・・・

で、昨日は退院日でしたが、午前中いっぱいいろんな手続きがあったのと、久々に外の空気に触れたら物凄く具合が悪くなって、家に帰って熱を測ったら、なんと38℃もありました。

こんな高熱、こないだのインフルエンザ以外はなったことないよ!!
で、早速、病院からもらった薬を飲んだらよくなったんだけど、ホント、もう少し入院してないとやばくね?と、少し心配になりました。

あと、自分の拳とか足を触るとやたらとゴリゴリする感触なんだよね。
何故だかわかりました!!

体重を量ったら、なんとめっさ痩せてしまって、たった56キロしかなくなってしまっていた!!
まあ、ずっと点滴だけの生活が続いたから仕方ないかも知れないけど、それにしても身長180cmに対して56キロはヤバすぎる!!

最近の女の子モデルじゃないんだから!!

それに、今日の朝、早速いつも走ってい近所の公園に散歩に行ったら、たった2周歩いただけで、ぜえぜえいっちゃって、物凄く疲れた!!
病気する前は5~10周走っても全然大丈夫だったのに!!

残念ながら、今のオレには「走る」って行為自体がまだ想像できないくらいハードル高いです。
あと、車に乗ることはもちろん、まだ社会復帰は出来そうにないなあ・・・。

ちなみに昨日ほどではないけれど、今日もかなりの熱が出ました。




話変わって、散歩が終わり、家に帰ってテレビをつけたら、俳優の今井雅之さんがオレと同じ病気を患っていたと知り、かなりショックだった・・・!!

前に見たときの会見では、顔色もよく、「腸閉塞でかなりやばかったけど舞台は降板しない」と言っていただけに今回の癌公表はびっくりだった。

しかも、抗がん剤治療の影響で、身体もガタガタに痩せ、一見、誰だかわからないくらいだったもん。
額には脂汗書いてるし、見ていられないほど痛い痛しかった・・・

そうかあ、オレもこれから抗がん剤やるんだよな~って、どよ~ん・・・とした気持ちで観ちゃったけど、今井さんには頑張ってほしいよ!!

今井さんが治って、舞台にでも復帰した日には、オレだけでなく多くの同じ病気を患っている人たちに勇気を与えてくれるもんね!!

そして、オレなんですが、オレも10日後くらいに再診があり、今後の抗がん剤治療のスケジュールを決めていくそうです。
オレに処方される抗がん剤は、一つはそれほど強くないのですが、もう一つがかなり強いらしく、手が痺れるという副作用があるそうです。

この手の痺れは、ホント、パソコンのキーボードも打てないほど酷いらしく、しかも、投与中だけでなく、最悪な場合、後遺症として後々まで残るとか・・・。

ギター、弾けないじゃん!!

今井さんも、かなり後遺症に苦しめられてるみたいだけど、オレも、そんな痛みに果たして耐えられるだろうか?


手術よりも過酷な運命がこれから待っている訳ですが、まあ、とにかく気合で乗り切るしかない!!

一度、助かったこの命だからこそ、粗末にすることは出来ない。



まあ、頑張りますよ。




闘病生活は続く・・・





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